落ち着かない
いい天気だ。
洗濯物もばっちり乾く。
昼間の部屋はとても明るい。
私はどうだ?
今週の金曜日は主人の月命日
その翌日の土曜日は、とうとう「あの日」が来る。
落ち着かない。事故当時のことを繰り返し思い出してしまう。
主人が一緒に山に行った同行人は、
救助により助かった。
この土曜日はその「友人」が主人のお墓に手を合わせ、
私に話したいことがたくさんあると、我が家まで来ることになっている。
怖い。どんな山行だったのか詳細に一つ一つ聞きたい。
主人がどんな様子だったか1ミクロンも逃さず聞きたい。
他にも聞きたいことがたくさんある。でも、聞くのが怖い。
意識が朦朧としていたという主人の命が尽きるとき、
彼は傍にいたのだ。
両足の指の5本を凍傷で切断しているという。
主人のお通夜・葬儀は、彼も入院中だったため来ることはできなかった。
代わりに、奥さんとご両親が来て下さった。
頭ではわかっている。
彼は何も悪くない。
むしろ、主人が危ない状況にあっても、一生懸命支えてくれたはずだ。
それでも、どうしようもなく、自分の命ももちろん大切だし、
意識がなくなった主人を置いて一人で山を降りる決心をしたのだと思う。
でも、
「なんで、主人を連れて帰ってくれなかったの?」と思う気持ちが消えない。
ひっぱたいても、殴ってもいい。主人を生かしてほしかった。
救助活動の3日間、私は長野にいた。
主人が警察に救護要請した3/17の朝に長野県警から電話があったが、
事の重大さがよく分かっていなかった。その日のお昼には長野に向けて出発した。
1日目は悪天候で救助ヘリコプターが飛べなっかった。地上のレスキューも雪崩の危険性があり、捜索活動が難航した。
2日目の14:00頃
「救助しました」の一報が入った。
「良かった」と思えたのも一瞬で、助かったのは同行人だけだった。
主人だけ、一人残されて、どこに行ったの?
友達とはぐれてしまったの?
どうしたの?なんで救助されてないの?
なんで主人はいないの?
恐怖と不安が押し寄せる。
警察からの連絡を今か今かと待つ。朗報でありますように。助かっていますように。
夜になっても警察から連絡なし。
3日目、警察は、同行人から得た情報により場所をほぼ特定する。
悪天候続きだったが、3時間だけ救助ヘリが飛べる時間帯があり、早朝から捜索開始していた。
朝7:00過ぎ、主人が見つかった。
ヘリで運ばれ、救急車で近隣の総合病院まで運ばれる。
助かって、助かって。生きてて。絶対生きてて!
「あれ?レスキューヘリで大学病院じゃないの?」
同行人が救助された時はヘリで大学病院に搬送され、即入院となった。
主人は?ヘリじゃない?救急車??
待機していた民宿から主人の搬送先病院まで走る。とにかく走った。
救急に通される。早く、早く。
奥の部屋に、主人が横たわっている。
駆け寄った。主人に駆け寄った。
冷たい顔
凍傷した頬と鼻
食いしばった跡がある唇
結婚して9か月が過ぎたころだった。